猫のしこりと乳腺腫瘍:その「数ミリ」が愛猫の未来を左右する理由

獣医腫瘍科認定医Ⅰ種の秋吉亮人と申します。

日常の診察の中で、私は多くの猫ちゃんと飼い主様にお会いします。その中で最も頻繁に、そして切実に感じるのは「もっと早くに見つけてあげられていたら、救える選択肢がもっとあったかもしれない」という想いです。

この記事は、皆様を怖がらせるためのものではありません。むしろ、冷静に「事実」を知っていただくことで、愛猫との穏やかな未来を守るためのガイドとして役立てていただきたいと願っています。

1. 猫の「しこり」が犬よりも深刻な理由

猫ちゃんの体をなでていて、「あれ? 何かあるな」と小さな膨らみに気づいたことはありませんか?

「少し様子を見ようかな」と思いたくなる気持ちもよく分かります。しかし、猫の場合、その数週間の猶予が取り返しのつかない差を生むことがあります。

猫の皮膚腫瘍は、約50%〜65%が悪性であると言われています。これはワンちゃんと比較してもかなり高い確率です。

見た目がどんなに大人しく見えても、触り心地が柔らかくても、外見だけで良性か悪性かを判断することは、我々専門医であっても不可能です。

「様子を見る」のではなく「まず調べる」。

これが、猫ちゃんの腫瘍治療における鉄則です。

2. 最初のステップ:負担の少ない「細胞診」

「検査」と聞くと、麻酔や痛い思いをさせるのではないかと不安になるかもしれません。しかし、最初に行うべき「細胞診」は、非常に低負担な検査です。

  • 内容: 注射針よりも細い針でしこりの細胞を採取し、顕微鏡で確認します。
  • 時間: わずか1〜2分で終わります。
  • 負担: 多くの場合、麻酔は必要ありません。

この検査だけで、それが単なる膿(化膿)なのか、炎症なのか、あるいはすぐに治療が必要な腫瘍なのかを切り分けることができます。治療方針を立てるための、いわば「羅針盤」となる重要なステップです。

3. 最も注意すべき「乳腺腫瘍」の正体

猫のしこりの中でも、特に警戒が必要なのがお腹にできる「乳腺腫瘍」です。

猫の乳腺腫瘍は、その85%〜95%が悪性(乳腺がん)です。

特徴として、以下の点が挙げられます。

  1. 進行が非常に早い: 数ヶ月で劇的に大きくなることがあります。
  2. 転移しやすい: サイズが小さくても、肺やリンパ節に転移する能力を持っています。
  3. 再発のリスク: 多発しやすく、一度取っても別の場所に現れることがあります。

これだけ聞くと恐ろしく感じるかもしれませんが、実はこの絶望的な数字を覆す唯一の方法があります。それが「サイズ」の管理です。

4. 「1センチ」という運命の分かれ道

 

 

猫の乳腺腫瘍において、予後(その後の経過や寿命)を決定づける最大の要因は、発見時のサイズです。

しこりの大きさ 特徴と見通し
1cm未満(米粒大) 理想的な発見。手術による根治を目指せる可能性が高い。
2cm〜3cm 学術的な境界線。転移率や増大スピードが一気に上がります。
3cm以上 非常に厳しい状況。生存期間に大きな影響を及ぼします。

「触れる大きさ」ということは、すでに「検査ができる大きさ」です。

理想は1cm未満での発見です。このサイズだと見た目では分かりませんが、日頃からお腹を優しくマッサージするように触っていれば、指先に「何か違うな」という違和感を覚えるはずです。

 

早期発見から治療までの流れ

もし「しこり」を見つけたら、以下のステップを冷静に踏んでください。

  1. 自宅で気づく: 日頃のスキンシップ(特に乳頭の列に沿って)を習慣にする。
  2. 動物病院で細胞診: 痛みの少ない検査で、しこりの正体を確認する。
  3. 画像検査: 転移がないか、全身の状態をチェックする。
  4. 外科手術: 根治を目指すための第一選択肢を検討する。

最後に:守れる未来のために

猫ちゃんのしこりは、早く見つけて早く調べる。たったそれだけのことで、広がる選択肢がいくつもあります。

今日から、スキンシップのついでに、優しくお腹や体を触ってみてください。もし「米粒のような小さな何か」に気づいたら、それは猫ちゃんがあなたに送っている「助けて」のサインかもしれません。

不安なことがあれば、いつでもご相談ください。私たち獣医師は、皆様の大切な家族を守るためにここにいます。

 

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